ある時代のある町に、Aさんという女性とBさんという男性がいました。
 二人はそれはそれは優しく、互いを思いやり、仲睦まじきことで有名でありました。


「Aさん」
「なあに、Bさん」
「どうして僕達は上手くいかないのだろう」
「難しくて悲しい問題ね」


 小鳥さえずる神社の境内に腰掛けながら、Bさんの問いに、Aさんは悲しげに俯きました。
 肩を落として溜め息を零したAさんに、Bさんが優しくなだめるように声を掛けます。


「ごめんよAさん。君を悲しませたかったんじゃないんだ」
「わかっているわ。ごめんなさい、わたしこそ」
「いいや僕こそ」


 Aさんの肩を抱き寄せ、Bさんもまた、悲しげに俯いてしまいます。
 目の前では、いえ、AさんとBさんの後ろでも、寧ろ四方八方から遠巻きに町の人達が憐れみの視線を向けつつ「大丈夫か」「いや、わからん」「しかし本当に心配だな」などと囁き合っているのですが、二人の世界に飛び立つAさんとBさんにそんなことは関係ありません。


「ああ、どうしてかしら」
「僕達はきっと、ロミオとジュリエットなんだ」


 完全に二人の世界です──と、思いきや。


「何がロミオとジリエッタか!」
「神主さん、ジュリエットですよ」


 町の人が訂正を入れましたが、神主さんは激怒のためか、そんなことは聞いていません。
 真っ赤になった顔からは今にも「ピーッ」と沸騰したヤカンの音さえしそうなほどです。


「まあ神主さん。何をそんなに怒ってらっしゃるの?」
「血圧が上がってしまうよ。心配だ」


 驚いたAさんがそう言えば、優しいBさんは続いて神主さんを気遣いました。


「ただでさえ高めなのでしょう?もっとご自愛なさって」


 Aさんが言えば、


「そうですよ。ご家族も心配なさるでしょう。ほら、娘さんはまだ小さいのだし、悲しい思いをさせてはなりませんよ」


 そうBさんが続きます。
 二人は心配そうに彼に労わりの言葉を掛け、また「一度きちんと病院で診ていただいた方がいいのではないかしら」「そうだね、その方が皆きっと安心に違いない」などと神主さんの今後について検討を始めました。
 そんな二人にまたも四方八方から憐れみの視線が集中しました。
「大丈夫なのか」「いや、大丈夫じゃないだろう」「誰ぞ何とか言ってやれ」と囁き合いはざわめきに発展しつつありましたが、それさえも、当の本人達に気づかれることはないのです。
 それがまた、神主さんの頭を沸騰させ、血圧を上げるとも知らずに。


「神社を燃やしておいて、お前達は何を言うか!」
「まあ……通りで少し焦げ臭いと」
「大変だね、物騒な世の中だから」
「神社を燃やすだなんて、とんだ罰当たりもいたものね」
「本当だとも。全く何を考えているのだろう」
「Bさん……わたしこわいわ」
「何を言うんだいAさん、僕がいるじゃないか」


 しな垂れ掛かったAさんに優しく微笑み掛けるBさん、と、ひたすら憐れみを向ける町の人達、沸騰を通り越して噴火寸前の神主さん──三者三様、その温度差は計り知れないものがありました。
 そしてついに。


「お前達がそんなんだから、皆、結婚を反対するんじゃ!」


 Aさんを喜ばせようと幾分か時期の早いロケット花火で、境内をうっかり燃やしてしまったのは、他の誰でもないBさん。
 それを見て「まあ、随分と盛大な花火なのね」と、とんちんかんな歓声をあげたのは、他の誰でもないAさんなのです。
「認められるか?」「いやあ……ちょっと無理だよなあ」「うちまで燃やされたら適わん」「おそろしやおそろしや」得体の知れないものでも見るかのごとくざわめく町の人達に、ついにとばっちりが飛んできました。


「お前達も手伝わんか!」


 神主さんの怒声が響く中。


「悲劇ね」
「僕達は、どうしても上手くいかないね」


 焦げ臭い境内に腰掛け、報われない自分達を嘆きながら抱き合う二人がおりました。
 これもまた、ある時代ある町での一つの悲劇。


ABの悲劇




writing by, Makoto Suzuki

_20120605

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